エグゼクティブ・サマリー
- 原材料・エネルギー・物流・人件費の上昇が続き、BtoB企業の多くが価格改定を繰り返し迫られている。しかし改定の実務は、いまだに「全顧客に一律◯%の値上げをお願いする文書を出し、あとは営業が個別に頑張る」形で行われていることが多い
- 一律改定の問題は、交渉力の強い大口顧客ほど据え置き・減額で決着し、交渉力の弱い小口顧客ほど満額で受け入れるか離反することにある。結果として、平均単価は計画ほど上がらず、採算の悪い取引ほど温存される
- 価格改定の出発点は通知文ではなく、顧客別・品目別の採算と価格の実態(ポケットプライス)を把握することである。表面の単価ではなく、値引き・リベート・物流費・支払条件を差し引いた「実際に手元に残る価格」で見なければ、どこを直すべきかは分からない
- 改定幅は顧客ごとに設計する。採算・取引の戦略的位置づけ・前回改定からの経過で顧客を区分し、区分ごとに目標幅・下限・代替案(仕様変更、最低発注量、納期条件の見直し)を事前に決めておく
- 交渉は営業個人の技量に委ねず、根拠資料・想定問答・譲歩の順番・決裁の権限を型にする。そして交渉の経過と結果を記録し、次回改定と日常の見積の精度に還流させる
- Orchestrixは、ビジネス/ソリューション/テクニカル/AIの4アーキテクトを一気通貫で投入し、採算の可視化から改定方針の設計、交渉の型化、結果のモニタリングまでを支援する
背景・問題提起——なぜ値上げは「通らない」のか
価格改定は、多くのBtoB企業にとって長く「数年に一度の非常事態」だった。価格は取引開始時の見積で決まり、あとは年次の値引き要請にどう応じるかが営業の主な関心事であった。ところが近年、原材料、エネルギー、物流、人件費のコストがいずれも上昇し、価格を据え置いたままでは利益が確保できない局面が常態化している。
同時に、取引の相手側にも変化がある。政府は発注側企業に対し、労務費を含むコスト上昇分を取引価格に反映するよう協議に応じることを繰り返し求めており、2026年1月に施行された改正下請法(中小受託取引適正化法)では、中小の受託事業者から協議を求められたのに応じず一方的に代金を決めることが禁止行為に加えられた。少なくとも同法の対象となる取引では、価格改定を申し入れること自体の心理的なハードルは以前より下がっている。
それでも、改定は計画どおりに進まない。現場で起きているのは、たとえば次のような事態である。
- 経営会議で「全品目8%の値上げ」を決め、全顧客に一律の通知文を送った。半年後に集計すると、売上上位の顧客の多くは交渉の末に3〜4%で決着し、小口顧客の一部は他社に切り替えていた
- 値上げを申し入れた営業担当者が、顧客から「なぜ8%なのか。原価の内訳を示してほしい」と求められ、答えられずに持ち帰った。社内で原価の根拠を集めるのに1か月かかり、その間に顧客側の予算が確定してしまった
- 改定後の単価は上がったが、同時期に営業が個別判断で出した特別値引きやリベートが増えており、実際の粗利率はほとんど改善していなかった
原因は3つに整理できる。
第一に、価格の実態が見えていないこと。多くの企業では、単価表の価格と、値引き・リベート・運賃負担・支払サイトなどを差し引いた「実際に残る価格」が別々のシステムに散らばっている。どの顧客が本当に採算割れしているのか、誰にも正確には分からない。
第二に、改定の設計が「一律」になっていること。一律は公平に見えるが、実際には交渉力の差をそのまま結果に反映させる。強い顧客には通らず、弱い顧客には通りすぎる。
第三に、交渉が営業個人の技量と根性に委ねられていること。根拠資料も譲歩の範囲も決まっておらず、結果も記録されない。そのため、次の改定でも同じ苦労を最初から繰り返す。
価格改定を機能させるとは、交渉術を磨くことではない。どこをどれだけ直すべきかを事実で把握し、顧客ごとに根拠のある改定案を用意し、その実行と結果を組織として管理するということである。以下、その具体的な設計を解説する。