エグゼクティブ・サマリー
- サステナビリティ情報の開示要請が制度として整うにつれ、多くの企業が「算定はできた」段階に到達した。しかしその算定は年1回、担当者がExcelで組み上げる一過性の作業であることが多く、経営の意思決定にも削減活動にも接続していない。
- 問題は算定能力ではなく、データの流れである。排出量は活動量(燃料、電力、購入金額、輸送量)と排出係数の積で求まるが、その活動量の多くは会計・購買・生産・物流の各システムにすでに存在する。それを毎年人が集め直しているのが現状である。
- Scope 3——とりわけ購入した製品・サービスの排出——は、精度を上げること自体が目的ではない。削減の打ち手に繋がる粒度で持てているかが分かれ目になる。全社合計の一つの数字は、開示要件を満たしても、誰が何をすれば減るのかを何も語らない。
- 財務数値と同じ規律をサステナビリティ数値にも適用する必要がある。算定ロジックの定義、データの来歴、承認と変更履歴、再計算可能性——これらが無い数字は、第三者保証にも経営判断にも耐えない。
- AIが効くのは排出量の予測ではなく、人が量に負けている分類と紐付けである。購買明細の排出カテゴリ分類、サプライヤー提供データの読み取り、係数の候補提示——いずれも人の承認を前提に組む。
- Orchestrixは、ビジネスアーキテクトによる算定・削減の業務設計、テクニカル/AIアーキテクトによるデータ基盤と分類の実装、ソリューションアーキテクトによる運用定着までを一つのチームで支援する。
背景——「開示は済んだ、それで何が変わったか」
サステナビリティ情報の開示は、この数年で企業の任意の取り組みから、制度に裏打ちされた報告実務へと性格を変えた。国際的にはISSBが開示基準を公表し、日本でもそれに対応したサステナビリティ開示基準の整備が進み、適用の範囲が段階的に広がる方向にある。多くの企業が対応部署を置き、算定支援のコンサルティングやツールを導入し、初年度の数字を出すところまでは辿り着いている。
問題はその次にある。開示が終わった直後、経営会議でこう問われる企業が少なくない。「で、この数字は来年どうやって減らすのか」。
このとき、算定を担った部署が答えに詰まることがある。理由は能力の問題ではない。手元にあるのが全社合計の年次の数字だけだからである。Scope 1が何トン、Scope 2が何トン、Scope 3が何トン。この粒度では、どの工場のどの設備が効いているのか、どの製品ラインの原材料が重いのか、どのサプライヤーに働きかければ動くのかが分からない。削減計画は「省エネ推進」「再エネ調達の検討」といった総論に留まり、翌年また同じ集計作業が始まる。
もう一つの兆候は、算定作業そのものの負荷である。工場に燃料使用量を依頼し、拠点から電力の検針票を集め、購買部門から仕入金額の一覧をもらい、Excelで係数を掛け合わせる。担当者が交代すると、どのシートのどのセルが何を意味するのか誰にも分からなくなる。財務経理の世界では30年前に卒業したはずの状態が、サステナビリティの領域では現在進行形で起きている。
この二つは同じ原因から来ている。排出量が「報告のために毎年作る成果物」として扱われ、「業務データから継続的に算出される指標」として設計されていないことである。本稿は、この設計をどう変えるかを扱う。